妊娠から死産まで6「ショック」
カーテン越しで、医師や助産師の人数が増えたのを察する。
「どうしたの?」
「これって・・・」
ひそひそとA先生がB先生に相談している声が聞こえた。
私にも緊張が走る。てっきり、A先生が研修医を呼んで、指導のために見せているものかと思った。でも、絶対違う。A先生はB先生に相談しているのがはっきりわかった。先生達の微かな声から、嫌な単語が聞こえた。
「これは出血かな・・・うん、これは大丈夫。吸収待つしかないかもね。・・・厚さは?」
「首のむくみが・・・」
「ごめん、脳映して」
エコーから、先生たちがやたらと胎児の頭がよく見えるよう、角度を変えているのがわかる。私も医療従事者だが、胎児の脳は小さくて見えずらく、どこがどの部位かさっぱりわからなかった。二人の医師の声のほかに、また違う年配の医師の声が聞こえた。
「何、呼んだ?」
「C先生、実は・・・」
年配医師のにエコーの操作が変わるのがわかった。
「水頭症・・・いや、これは・・・脊椎も・・・うん。え、今何週なの?」
「11週です」
「11週だとそうか・・・もう少し大きくならないとはっきりわからないかもね。・・・うん、そうそう。だから次回また・・・」
途切れ途切れに聞こえる単語を確認し、自分の胸がキュッと苦しくなるのを感じた。手汗がじんわり滲んでた。
その時、顔は見えないがC先生が声をかけてくれた。
「ごめんなさいね、◯◯さん。一緒に診察させてもらっています、Cと申します。ちょっといくつか気になる点があるので、後で詳細をお伝えしますね。もう少しだけ、お時間くださいね」
先生の声かけに、「はい」と細い声しか出なかった。
こんなの、素人だってわかる。ああ、赤ちゃんに何かあったんだと嫌でも察するしかなかった。
数分後、やっと長いエコーが終わり、また待合室で待機。
「首のむくみ」という唯一単語が頭にはっきり残り、すぐにスマホで調べた。
「胎児 首のむくみ」で検索し、「NT肥厚」と結果がたくさん出てくる。検索画面を押したら、「染色体異常」「ダウン症」「トリソミー」という知った単語が沢山出てきて、頭が真っ白になった。
やめればいいのに、今すぐ知りたい衝動に駆られて、短時間でいろんなホームページを見た。でもちゃんと頭に入っていかず、浅い知識だけで不安を募らせていった。
涙は出ない。ただ、押し寄せてくる不安に手が震えた。
軽いパニックを起こしている中、違う部屋の診察室に呼ばれる。
そこにはA先生しかいなかった。
胎児のエコーがうつされる画面の前で、難しい顔をする先生と目が合った。
「とりあえず、長い時間お疲れ様でした。血糖値については、特に異常は無さそうです。ただ、次回結果が全て出るのでまたお伝えしますね」
「はい」
「あと、今日エコーで3つ気になる点がありまして・・・」
先生が画面を指しながら説明に入る。
「まず1つ。ここ、子宮にはいくつか膜があるんですが、その膜の中に少し出血があるようです。ただこれは、時間が経てば自然に吸収されるのでそこまで心配しなくていいかと。でもまれに止まらなくて大出血を起こすこともあるので、その時はすぐに病院に来てください」
子宮の近くで、確かに黒い影が合った。出血はそれほど気にならなかった。「はい」としか返せない。
「2つ目。赤ちゃんなんですが・・・首の後ろにむくみがあります。NTって聞いたことありますか?」
逆にこっちの反応を伺うように、先生に質問された。
さっき調べた単語を思い出し、とりあえず一番わかりやすかった病気を答えた。
「ダウン症・・・ですか?」
A先生は少し頷いて、続けてくれた。
「ダウン症かどうかは、すぐに確定はできません。ダウン症のほかに、色んな病気もあるのですが、染色体異常のある赤ちゃんの多くはN T肥厚・・・首のむくみが分厚くなる可能性があります。しかし、時間が経って自然と吸収されることもあり、健康に生まれてくることもある。逆に、むくみがなくても染色体異常の子もいるので、はっきりとはまだ診断できません」
もう、頷くことしかできなかった。4.9mmと表示されたNT肥厚を見つめた。標準がいくつかわからないし、自分の子がどれほどひどい浮腫なのかもわからなかった。でも、一瞬だけ先生の説明で希望は見えた。「自然に吸収されることもある」と言われて少しだけ安心したが、次の説明でまた打撃を受ける。
「そして3つ目・・・脊椎、背中の骨が少し折れているような・・・割れて見えるんです」
ガンッと脳みそを叩かれたかのような、衝撃だった。脊椎がいかに人体にとって大切な機能を持っているか、嫌というほどわかっていた私。
折れている?割れている?どういうこと??
呼吸できるの?歩けるの?排泄はどうするの?意識はあるの?生きてるの?そんな状態でどうやって今後生きていけるの?
この時の私は、本当に混乱していたと思う。
でも見た目はどこか冷静な自分を装っていて、そのショックな反応は先生にはうまく伝わらなかったかもしれない。
「ただ、まだ11週でとても小さいので、はっきりはまだ診断できません。また少しおおきくならないと、難しいです」
私は黙ってしまった。子宮の出血はどうでも良かった。自分の体より、赤ちゃんの状態が一番まずいと、ぐるぐる思考が回る。
そこで、A先生が以前私が質問した、あの用紙を出してきた。
『出生前遺伝カウンセリング外来のご案内』
「染色体異常の可能性も否定できないので、一度カウンセリングを受けることをお勧めします。でも、検査を受けるかどうかは、ご家族と話し合ってから決定してください。お金もかかるので、私達から受けろ、と強制はできません。そして、この外来はお一人ではなく、できるだけ旦那さんと一緒に参加をしてください」
頭が真っ白になって、でも意識はあって。
「わかりました。予約お願いします」と答えた。スマホでカレンダーを見て、仕事を休むことと、夫の予定を思い出して日付を指定する。
先生が、パソコンで外来の予約を入力した。
そこから、あんまり記憶がない。
母親に電話して、赤ちゃんが障害があるかも。と伝えた。
「そっか、それは仕方ないね・・・。でもまだ確定じゃないんでしょ?産むか産まないかも考えなくちゃいけないから、◯◯君(夫の名前)と相談しな。障害持った子を育てるのは、本当に大変なことだから・・・」
母親にそう言われながら、道路を歩いたことだけ覚えてる。
私は妹が一人死産している。生まれていたら、障害が残ったかもと昔母が話していたことを思い出し、母親に助けを求めて連絡した。
気持ちをわかって欲しかったのだが、産むか産まないか・・・という選択に、現実を突きつけられた気がした。
必死で涙を堪えて、その日は帰った。