妊娠から死産まで11「多発奇形児」
7月8日(金)
妊娠13週5日
4回目の受診日は、夫と一緒に来た。
七夕や神社で祈りを捧げたのは、最後の悪あがきだったかもしれない。それでも、0.001%の可能性でも、何事もなく産まれるよう、神様にすがりたかった。
どこかで期待を抱きつつ、診察台に座った。後ろには夫が立っている。
経膣エコーはA先生と女医であるB先生が2人で診察してくれた。しかし、やはりやけにエコーの時間が長く、カーテン越しにヒソヒソと声が聞こえる。
あんまり耳を側立てるのは、やめた。
「◯◯さん、初めまして。Aと一緒に診察しました、Bと申します。前回も一緒に赤ちゃんを見させてもらったんですが、少し大きくなっているので、以前よりははっきりと姿が見えるようになっています。ただ、もっと確認できるように、次はお腹の超音波で診察をしたいと思います。丁度、うちの部長で超音波に特化した医師がいますので、その先生と一緒に診察させてもらいますね。また後で違う部屋にお呼びします」
そう言われ、また旦那と待合室で待った。お腹の大きな妊婦や、子供連れの家族姿を見て、胸が痛くなった。夫とはあまり話さず、スマホをひたすらいじるだけ。でも別に何かを検索していたわけではなく、Twitterのニュースを適当に流していた。しかし何も頭に入ってこない。
期待はもうなかった。期待するのを、やめた。
何を言われてもいいように、とりあえず気持ちを整理しようと深呼吸していた。
そして、30分ぐらいで診察室に呼ばれた。
超音波をあてているのは、産科の部長クラスのベテラン医師C先生。そして私の担当医だったA先生と、優しそうなB先生が隣で一緒に画面を確認していた。
「やっぱり、頭蓋骨がそうだね…診断は合ってるよ。リムボディウォール……間違いないね。小脳が…そうそう。ここが中枢で……脊椎が屈曲して…右の足背が背屈してるな…」
超音波の専門と呼ばれている年配医師が、二人の医師に画像を指差しながら小声で説明している姿を横目に、私は覚悟を決める。
目の前にあるエコー画像を見ても、その時は不思議と涙は出なかった。
夫も眉間に皺を寄せて、画像を見つめていた。
「◯◯さん、長い時間ごめんなさいね。今から赤ちゃんの状態を、説明させていただきます」
C先生が、私の顔を見ながら声をかけた。
「赤ちゃんはね…リムボディウォールコンプレックスという、病気をお持ちです」
初めて聞いた疾患の名前で、最初は全然聞き取れなかった。
「リム?」
「LBWCって略すのですが……体の部分がいくつか欠損している状態です」
先生の言葉を聞いても、頷くことしかできなかった。
自分でも驚くほど、その時は冷静だった。
「まずね、頭蓋骨の一部がうまく作られていなくて、脳の一部が頭から出ている状態ですね」
「はい」
なんでやたらめったらと脳を見ていたのか、わかった。確かに、画像をみると後頭部の白い骨部分がくっついていないところがある。ここから脳が飛び出ている、とのことだ。
「そして、背骨なんですが・・・結構ね、屈曲してるんですよ。普通人間の体はしなやかに湾曲しているものなんですが、背中が90度ほど、曲がっているんです」
「はい」
ああ、それで割れているように見えたのか。二分脊椎かと思っていたが、この病気は産まれた後から発覚することが多い病気だと調べていたため、これも納得した。
先生は私の顔を伺いながら、丁寧に説明してくれる。
「そして、お腹ですね。腹壁が形成されなかったのか、内臓もいくつか飛び出ているようです。ここが肝臓、胃、小腸も・・・かな。心臓はね、動いているんですけどね」
「ええ・・・はい」
そんな状態で心臓が動いているのか、と驚いたが、ショックはそこまで無かった。どこか諦めたような、他人事にように思えた。
先生は夫にも視線を向けながら説明を続ける。
「いくつか、奇形を起こしているこの病気は、染色体異常ではありません。かと言って、お母さんとお父さん側の原因でもないです。お母さんが葉酸不足だとか、激しい運動をしたからだとか、そんなことは全くありません。何万人に1人という、珍しい病気です。予後は・・・不良となります」
その言葉に、私は一度大きく深呼吸した。
「予後不良、え〜つまり。まだ心臓は動いていますが、妊娠中に止まることもあります。心臓が動いた状態で、産まれてくることもあります。ただ、その状態だったとしても、手術をして治ることはないでしょう。手術して、私達のように生活できることは、ありません」
「はい」
想像していたよりもひどい状態であり、人間としての機能を失っている我が子。最初の頭蓋骨が形成されていないと説明を受けた時点で、全て把握した。人工呼吸器だとか、手術とか、そういう治療の問題ではないのだと。生存は難しいのだと、すんなりと受け入れられた。
そして、C先生の私達に何か原因があるわけではないという説明で、どこか安心した。
「では、また後で詳細と、今後について説明しますので・・・。待合室でお待ちください」
「はい。ありがとうございました」
淡々と挨拶をし、夫と一緒に部屋をでた。気がついたら、待合室には誰もいなかった。
ソファに座った瞬間、堪えていた涙がでた。ハンカチでおさえて、鼻を啜ると夫と目があう。私は夫より先に声を出した。
「なんか、逆にホッとしちゃった」
「・・・そっか」
「あそこまで、ひどい体なら・・・もう仕方ないよね」
「・・・うん」
諦めるしか、もう選択肢はなかった。
産むか産まないか、苦しい思いをして葛藤することが怖かったが、この子の今の状態ならば、早く楽にさせてあげたいと思った。
皮肉なことに、この日は私の誕生日の前日だった。