ヨシムラの日常日記

自分らしく、ゆっくり歩いて行こう

正直な話

 

 

 昨日の夜中から急に動悸がして、涙が勝手に出てくる…。

 感情をうまくコントロールできない。ベッドから移動してリビングで横になったり洗面所行ったり廊下歩いたりしたけど、全然落ち着かなかった。

 仕事で履いていたジャージで寝ていたんだけど、息子がお腹にいた時の記憶がフラッシュバックして、急にお腹が痛くなった。

 

1ヶ月経ってやっと「ああ、これか」と納得。

 

 鬱の初期症状というか、本当に感情をコントロールするのが難しくて、初めてまずいと思った。

客観的にアセスメントしたり、事実と意味付けの区別しろって強く思えば思うほど、悲しみと怒りと絶望と孤独と色々ごちゃごちゃになって、夜中なのに外を走りたい衝動に駆られた。

 

 

 息子2回も殺そうとしたんだから、胎盤ポリープなんて可愛い罰だと思った。そのまま大出血起こして自分なんか死ねばいいと思った。

 

 

 息子も死んで、自分は死と隣り合わせの生活して。やりたい仕事もできなくなって。

旅行だって行けないし、お風呂に浸かることもできない。

 

 何で私がこんな辛い思いしなくちゃいけないんだって、初めて行き場のない怒りも出てきた。

 

 誰も責められないのが、辛い。誰かを責めることができたらどんなに楽かって思った。

 

 病気が原因不明ってなんだよ。何で原因が明らかにされてないんだよ。SNSで海外でワクチン打って奇形児産まれる記事見ても、日本では問題ないって推奨してて。情報も何を信じていいかわかんないじゃん。

 

 情報に振り回されてる自分に嫌気もした。結局、何を信じるか信じないのかは、自分次第でさ。結局自己責任。合ってるか合ったないかもわかんないのがこの世の中じゃん。誰も信用できるわけないじゃんとか。

 

 そんなことがぐるぐるして、夫にもなぜか無性に腹が立った。

 

 

 

 結局、息子の死んだ理由を誰かのせいにしたかったんだって、なんとなく後になって気づいた。

 

 

 

 

 冷静になれば、何考えてたんだ自分って思うけど。

息子の死は誰のせいでもない、流産や死産は原因不明のものが多い、自分を責めちゃダメって看護師の自分が納得させてたけど。

看護師だから、納得するしかなかった。

 だから入院した時も医者や助産師さんの前で強がって納得した風に装ってたけど、本当はがむしゃらに泣きたかったのかもしれない。

 

 

 

 ふと、たまに子供じみた自分が出てきて、感情をめちゃくちゃに掻き乱される。

 抑えれば抑えるほど、涙が止まらなくなって、自分なんか死ねばいいって思った。本当は死ぬ勇気なんてない癖になんて、それもイライラした。

 

 

 こんな状態が、あと4年も続くと思うと、かなり怖い。死の受容まで、これを繰り返すのかと思うと、ほんとに頭がおかしくなると思った。