ヨシムラの日常日記

自分らしく、ゆっくり歩いて行こう

妊娠から死産まで19「着々と」

 

 初日の夜は抗生剤を内服し、深夜2時頃まで起きていた。

 ラミナリアを挿入してから、下腹部が張ってきたのを感じる。幸いにも痛みはそこまで無く、鎮痛剤も希望しなかった。

 同じく人工妊娠中絶という形でお産になった人達のツイッターを読み、自分も同じ立場になるのだとしみじみ実感する。

 

(明日、いなくなるのか・・・)

 

 まだお腹にいる、でも心臓は止まっている我が子。生きてはいない。死んでいるのに、明日お産をするという不思議な感覚。

 早く産まれてほしいような、産まれてほしくないような、そもそも「産む」という表現で合っているのか?と複雑な気持ちで、妊娠最後の一晩を過ごした。

 

 

 

 

 起床は5時。深くは眠れず、トイレに行きたくて目を覚ました。その後はただテレビをつけた状態で、ぼんやりと過ごす。

 7時になり、抗生剤をまた内服すると助産師さんが検温に来てくれた。「よく眠れましたか?」の問いに「眠れました」と嘘をついた。睡眠薬は、内服したくなかったから。

 点滴針を留置し、点滴500mlが投与開始となる。処置のあとはすぐにLDRで過ごすため、分娩着に着替え、荷物を準備した。

 

 7時30分、昨日挿入したラミナリアを抜く処置をすること、そして1個目の陣痛剤を挿入するため、処置室に誘導される。

 

 朝一の処置はA先生が担当だった。なんだか久々に顔を見た気がした。ベッドネームの主治医名にA先生とB先生の名前があったため、二人体制で私の担当をしてくれるのは理解していた。

 

「では、昨日入れたガーゼを抜いていきますね。少し痛むかもしれません」

 

 昨日の挿入のトラウマがあり、思わず足に力が入ってしまった。

 

 「◯◯さん、大きく口で息吸って。足の力抜いてね」

 

 A先生と助産師さんに促され、深呼吸する。怖いものは怖いし、人生でこんなに股をいじられたことなんか無い。でも言われた通り深呼吸すると自然と足の力が抜けた。

 ラミナリアを抜くのはそこまで痛みは無かったが、内診時にグリグリと子宮頸管を刺激され、声にならない悲鳴が出た。これがまた、涙が出るほど痛い。

 

「お疲れ様でした。薬も無事に入れたので、少しずつお腹に痛みが出るかもしれません。大量に出血したり、我慢できない激痛になったらすぐにナースコールを押してください。次は3時間後に2回目の薬を入れますね。私が午前中オペに入るので、また病棟担当の医師が処置します」

 

 A先生の説明を簡単に聞き、私はふらふらの足取りでLDRへ向かった。

 LDRは、思っていたより広かった。お産用のベッドが中央にあり、トイレとシャワー、ソファが置かれていた。色々物品が揃っていそうな扉もあった。

 

「では、昼間の看護師と交代になりますね」

 

 夜担当の助産師さんは朝ご飯を持ってきてくれたタイミングでお別れ。

 痛みと緊張で、朝食は半分も食べられなかった。

 なんとなく、じくじくと下腹部が生理痛のような痛みがある程度。でもトイレも行けるし、スマホをいじる余裕もあった。

 

 夫に9時には来るよう連絡し、待機。

 

 今日の昼間担当の助産師さんは、昨日入院時に色々と話を聞いてくれたEさんというベテラン助産師だった。すでに情報を持っているEさんが担当で、ほっとする。

 9時過ぎのタイミングで夫は到着。他の妊婦の家族は面会禁止のため、姿がバレないよう裏口から入ってきたそうだ。

 

「すげえな。俺、こんなでかい病院に来たの初めてだよ。さっき来る時に手術室の前を通ってさ」

「ようこそ、医療の世界へ。これが病院です」

「ドラマでしか見たこと無かったよ」

 

 病院と縁がないほど健康な夫の反応に、私は笑ってしまった。純粋な夫の反応を見て、不思議と緊張が和らいだ。無事に産まれる予定だったなら、私は立ち会い出産は希望しない派だった。夫に苦しい顔を見られたくなかったし、立ち会いしたら、お互いが苛立つのではないか、と思っていたから。

 

 でも、また私の考えが変わった。

 

 わざわざ仕事を休んで、早起きが苦手な夫が朝一番に駆けつけてくれた。そんな些細なことがとても嬉しかった。夫の顔を見ただけで、安心したのは初めてだ。患者になった途端、こんなにも心細くなるものかと、初めて知った。

 夫を、もっと頼りたい。頼っていいんじゃないか、と思った。

 立ち会い出産、悪くないな・・・と改める。

 

 私と旦那がソファで寛いでいる中、Eさんがこまめに血圧を測定してくれた。

 

「あ、そうだ。赤ちゃんドレスが病棟にあるんだけど、持ってこようか? 結構ね、色んな種類があるんだよ。体が小さい子用だから、丁度いいのあると思うんだ」

 

 Eさんの提案に、私は夫と目を合わせた。

 

「本当ですか? 嬉しい・・・タオルのおくるみだけで諦めようと思っていたので・・・」

「そうだな」

 

 夫も強く頷き、Eさんが小さなカゴを二つ持ってきた。

 その中には、色とりどりで、様々な模様の赤ちゃんドレスが揃っていた。週数は大体15〜20週頃の赤ちゃんサイズに合わせているとのこと。助産師さんの中で裁縫が得意な人がいるらしく、その人が手作りで作っているらしい。

 服らしい服を着せてあげられることに、私達は心の底から喜んだ。

 服といっても、おくるみのように包むような形になるかもしれないが、それはそれで良い。

 

 まだ性別はわからないため、二つ、選ばせてもらった。男の子なら黄緑のシンプル模様のドレス、女の子なら赤の和風模様のドレスを選択する。

 

「可愛いね。手作りできるなんて、すごいね」

「諦めてたもんな」

 

 私達がまじまじとドレスを広げていると、Eさんがまた提案してくれた。

 

「あと、手形と足形もやってみようか? できるかどうか、私達も頑張ってみるからさ」

 

 昨日は躊躇っていた思い出作り。

 しかし、なぜかこの日は、その躊躇いが無くなっていた。

 

「本当ですか? お願いしても、いいですか?」

「もちろん」

 

 Eさんの返事が、すごく逞しかった。

 男の子と女の子、どっちかな。早く会いたい。どんな姿で、どんな顔なのか、早く見てみたい。

 悲しかったはずなのに、あれだけ泣いていたのに。罪悪感を抱いていたはずなのに。

 

 この時の私は、ワクワクしていた。

 普通のお産と同じ感情を、間違いなく抱いていた。