妊娠から死産まで20「中々産まれない」
陣痛促進剤を10時半に2回目挿入、うとうとしているとあっという間に12時になった。
何となく、お腹が痛い。でも我慢ができるその痛みが1〜2分刻みになってきた。下腹部も張っている。
Eさんに陣痛感覚が短いことを伝えると、B先生を呼んで内診をすることに。
「旦那さんごめんね、またシャワー室で待ってて」
夫には毎回、内診時はシャワー室で扉を閉めて待機してもらう。なんとなく、その姿が滑稽だった。テレビで見る立ち会いはタオルで股間を隠して頭側に夫にいてもらうイメージだったが、うちの夫は完全に部屋からシャットアウト。
先生が来てソファから立ち上がった瞬間、どろりと何かが出てきた。
「あれ、なんか出てきたような・・・」
失禁のような感覚だと漫画やエッセイで表現されていたが、私は生理のような感覚に近かった。生暖かい血液がどろっと出たかと思えば、そのあとジャバジャバと液体が止まらないような感じ。あてていたナプキンが一気に重くなった。
「あ、破水してるね」
B先生が内診し、教えてくれる。
これが、破水か。全然おしっこするような感じじゃないじゃん、と私は呑気に思う。
「子宮口・・・固いなあ。まだ1センチしか開いてない」
「え、まだ1cm?」
Eさんがちょっと驚いたような声を出していた。
出産の知識が乏しい私は「??」と疑問符を並べる。
「もしかしたら、時間かかるかもしれないですね」
B先生から、また13時半に3回目の薬をいれると説明を受けた。Eさんからは、破水したことで赤ちゃんを守るものが無くなったため、トイレ以外はあまり動かないよう言われた。なるべく赤ちゃんの体を崩さず産ませたいとのこと。
腕や足がバラバラになって産まれるのを想像し、私も息を飲んだ。
私の子のサイズなら、5㎝は子宮口が開いて欲しいところ。旦那は18時には帰ってしまう。あと4㎝という数字が、短いようで長く感じた。
痛みは変わらない。なんとなく痛いけど、でも我慢できる痛み。それが1〜2分刻みで起こる。昼ごはんは、やっぱり半分も食べられなかった。
トイレ以外は分娩台で横になり、時間が過ぎるのをひたすら待つ。
14時頃、A先生と3人ほど医師が入ってきた。内診をし、やっぱりまだ子宮の入り口が固いと説明される。3回目の薬を入れたが、私と夫も少し焦ってきた。
夫が帰るまでに、果たして産まれるだろうか? 折角の立ち会いが、叶わないものになるかもしれないと、不安も出てくる。
ゾロゾロと先生達がいなくなり、私はため息をついた。
そのすぐ後、Eさんとは別の助産師さんが入ってきて「え、まだ1cmって言われた?」と驚かれた。「私も内診してもいい?」と聞かれたのでお願いする。色んな人に自分の膣をほじくられ、すっかり羞恥心は無くなった。
「あれ、何か触れるな。何か挟まってる感じとかない?」
「え、いえ。特に何も・・・」
「ちょっと待っててね。もう一回先生呼んでくる!」
慌てた助産師さんが部屋を出ていくと、また医者が4人ぐらいやってきてエコーをすることになった。赤ちゃんが今どんな姿勢になっているか確認するとのことだ。
「これは・・・なるほど」
A先生が他の先生と画像を見比べながら考えていた。
「赤ちゃんの足が片方、出ていますね」
「え?足?」
私は驚いた。逆子だった、ということだ。
まだ子宮口が1〜2㎝しか開いていない状況で、片足だけが外に出ている。そして、もう片方の足が、頸管に引っかかっている姿勢とのこと。
ちゃんと『生きている』なら、命の危険があるため帝王切開になるような状態だ。でもうちの子はもう『死んでいる』から、苦しい体勢で産まれてくるのか。こういうことは、どうにもできないのか・・・。
子宮が小さいため、帝王切開が母体のリスクになることもわかっていたが、この時は一気に自分の子が『死んでいる』という現実を突きつけられた気がした。
また涙が溢れそうだったが、医者が何人もいる前で泣きたくなかったため、必死で堪えた。
あまり動くなと言われたが、子宮口が固いことに焦り始める。
足が突っかかって動けなくなってるから、少しでも柔らかくして、早く産んであげなくては。そんな思いもあり、先生の許可を貰って部屋の中をゆっくり歩いた。点滴台をガラガラ鳴らしながら歩く中で、隣の分娩室で妊婦の悲鳴が聞こえた。
「痛い、痛い、痛い〜〜〜ああああ〜〜〜!!!」
そんな悲鳴を聞けば、自分がいかに楽な思いをしているのか、嫌でも感じる。1〜2分感覚でも、まだまだ痛みが足りない。産むのは本来、もっと辛いはずだと自分に言い聞かせた。
「すごいな、あっちのお産。お前は、なんかほのぼのしてるな」
夫の言葉が少し引っかかった。ほのぼのは、本来のお産じゃない。
「…もうちょっと頑張らなくちゃ。お願いだから、早く、産まれてこい。産まれてこい、産まれておいで〜。じゃないと、パパ帰っちゃうよ」
お腹を摩りながら、私はお腹の子に話しかける。
体がバラバラになって、産まれてくるかもしれない。人間の姿でなく産まれてきたら、夫はショックかもしれない。私も、ショックを受けるかもしれない。それでも、どんな姿でも、私は必ずこの子の姿を見る決心は揺らがなかった。
ぐるぐる歩き回っていると、Eさんが来た。夜の助産師と交代になるとのことだ。
「ごめんね、本当は私が取り上げたかったんだけど、こればっかりは赤ちゃんのタイミングだからさ」
Eさんが、申し訳ないように挨拶をしてくれた。そして、私のお腹を摩りながら声をかけてくれる。
「早く出ておいで。頑張れ。パパもママも待ってるよ」
通常の妊婦と同じように接してくれるEさんの対応に、とても救われた。「赤ちゃんのタイミング」という言葉を聞いて、私も我が子がまだ生きているような気がした。
そして、16時50分。
4回目の陣痛促進剤を入れた。これで、今日の薬は終了となる。これで産まれなかったら、明日に持ち越しだ。お腹の痛みも、そこまでひどくない。むしろ朝の方が痛かった。
A先生に「今日で産まれますか?」と聞くと「ん〜・・・わからないです。こればかりは」と困ったように返される。
面会許可が出たといっても、夫は泊まりもできないし、夜中の面会は禁止だ。夫が帰った後に産まれたら、明日の朝に我が子と対面という形になる。それはそれで、仕方ないと覚悟も決めた。
17時20分
夜の担当助産師Fさんが検温に来て、簡単に挨拶をする。若くて、落ち着いた人だった。足が出ている状態で個室には戻せないため、産まれるまで今夜はLDRで過ごすよう説明も受けた。また部屋代が発生するなあ・・・とぼんやり浮かびつつ、個室に置いてきたスマホの充電器と歯磨きを取りに行きたいと冷静になった自分。
Fさんにお願いして付き添ってもらい、長い廊下を歩いて道具を取りに行った。
「ありがとうございました」
「またお腹痛くなったり、出血があったらすぐに呼んでくださいね」
「はい」
そこまで話して、5分後。
急激に下腹部が痛くなり、私は初めて痛みで声を上げた。
「イタタタ、痛い? のかこれ。痛いのかな?」
「え、何、痛いの?」
なぜか夫に問いかけ、私はあぐらをかいた状態で蹲る。でもこの時も、悲鳴をあげるような痛みではなく、強い下痢のような腹痛の感覚だった。多分、廊下を歩いたことで刺激になったのかもしれない。
ドロっとまた破水のような、出血が増えた感覚に「まずい」と初めてナースコールを押す。
LDRがナースステーションから近いこともあり、すぐに担当のFさんが来てくれた。
「◯◯さん、どうしました?」
「なんか、出た。出た感じが・・・」
「なんか出た? ちょっと内診しましょうか?」
Fさんの他に助産師さんがもう一人来て、分娩台を組み立てていく。私はまた足を広げる姿勢になり、下腹部の痛みが悪化した。夫が空気を読んでシャワー室に向かった。私はもうそれどころじゃない。Fさんがベロリとナプキンを確認する。
「出血増えてますね。◯◯さん、産まれる兆候な可能性もあるので、先生に診てもらいましょうね」
「はい。お願いします・・・」
そう言ってFさん達が先生を呼びに部屋を出た瞬間、生暖かい塊がぬるりと出てきたのを感じた。
(あ、産まれた・・・)
本当に、一瞬で。激しく声を出したり、いきんだりした訳でもなく、静かに出てきた。